カムで♨その4 呷衣温泉(石渠)  ☆☆☆

 

露天風呂の形と環境が理想に近い温泉をみつけた。f:id:mu2ro:20170910012745j:plain

この呷衣温泉、露天風呂は中国の地元の案内紹介ページにのっていた。
写真はなかったがなんとなくおもしろそうな気がしたので石渠に泊まった、行ければいいと思っていた。

温泉のことを聞かれホテルの経営者夫婦はとてもうれしそうだった。地元の温泉を外国人に聞かれて感激したんだろうか?

 

翌朝8時、おじさんがなかなかいい新車をホテルの前につける。
なぜかおばさんもしっかり乗っている。なんなんだよ。

入り口にバッチリ鍵をかけた、ホテルの仕事はどうするんだ。
どうせ客など来ないのだろうか、ま、私の車代500元が手に入るのだからいいわけか。昨日の気のいいおばさんが留守番か。

夫婦二人は正しい発音の普通語(標準語)を喋る、それにきれいな文字もきちんとかける、気楽に新しいホテルを建てて経営している、いったい何者なんだ。

 

石渠から少し甘孜寄りに戻り、北に折れて道を行く、本線と同じやや高い緑の丘を両側に並べた平地を走って行く、道はよく整っている。f:id:mu2ro:20170910011904p:plain

 

まず夫婦おすすめの「巴格麻尼石经塙」に行く、いったいどんなものだろうと思っていたら、高い壁の砦のようなものが遠くから見えた。遠回りして巴格麻尼石经塙に着く。

ずーっと細長く石が積まれ、そこにいろいろな仏様の絵が掲げられている。
多分ここはコルラするとこなんだろうと思い石積みに沿って歩いて行く。

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確かにきれいだが少し退屈と思いつつ半分まで来た。
疲れたから帰ろうとすると、いつの間にかおばさんが後ろに来ていて追い立てられる、しかたなくまた歩き出す。

なんなんだろうこれは。この静かな大地に一番ふさわしい祈りの形だろうか。
ほかにも普通のゴンパは結構あるのに、しかしよく作ったというか積んだものだ。
これは特にどのゴンパに属しているというわけではなさそうだ。
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やっと折り返し地点、マラソン選手の気分だ。道が平らなのがせめてものなぐさめ、高度3000mをはかるに越えているからね。

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コルラする人はけっこういる。

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やっと終点、最後に小さなお堂があり〇〇様が祀られているらしい。
中を見るかとおばさんが聞く、いいえもうけっこうです。
約3キロくらい歩いた。車に戻るとおじさんが笑顔で迎えてくれた。
これは玉樹にある嘉那嘛呢と同じでマニ石が積んであるのだろう。嘉那嘛呢は四角い、こっちは細長い。
 

 

ここまで1時間くらいそこからまた1時間、呷衣の村のずいぶん先に温泉はあった。
遠くからはただの河原にしか見えないが。

おじさんが河原を歩いて行く、ここだここだ、ここがいい、とすすめる。
いくつか露天風呂が掘られていて、きれいなものもあるf:id:mu2ro:20170910012536j:plain

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ここに入ってみようと水着に着替えようとすると、おーいここにもっといいのがあるとおじさんが呼ぶ、そこまで歩いて行って入浴。

 

お湯はきれいだ下からわいてくる、なんか体に良さそうな硫黄の匂いがする。
少しぬるいが、まあ極楽極楽という感じだろうか。
カムで4つ目の温泉で最高のシチュエーションの♨にたどり着いた。
だーれもいない、静かで美しい山が目の前。
遠くでキャンプをしている人がいる。
縁にこしかけ休む、ちょっと蚊が多いけどね。
ゆっくり浸かって写真を撮って終了。
美しい。


石の温泉

 

近くにテントがあり招待所と書いてあった。
行って見てのぞいてみると売店だった。何人かチベタンがいてみんな不思議な視線で私に集中する。
ここ泊まれますかと聞くとなんとか通じ、となりの旅館みたいなところを指差した。ホテルのおじさんたちは宿はないと言ってたが、きっとここに泊まれるf:id:mu2ro:20170910013045j:plain

 

なぜか三人とも満足げに道を戻る、夫婦は車の中で休んでいたみたいだ。

また途中で小さな巴格麻尼石经塙と同じようなものをお参りした、今度はおじさんが車で回ってくれた。f:id:mu2ro:20170910013152j:plain

 

石渠につく手前で車は草原の中に入って行く、なんだろうと思っているとテントを張ってある家族のところにたどり着く。親戚らしい、お茶と乾燥したヤク肉をご馳走になる。そういえば昼飯はまだだったf:id:mu2ro:20170910013258j:plain

左二人が愉快な夫婦。

 

そして町に着いた。

おじさんはこの車で行けば玉樹まであと500元で行くぞというが、少し高い。
そこでおじさんが乗り合いに交渉してくれて60元に決まった。

 

しかしもう3時頃だ、この時間人が集まらず2時間くらい待たされ、乗客4人でやっと出発した。

 

温泉は自然に囲まれ気持ちがいい、そんなにゴミも落ちていない、とにかく環境は最高。+4  日本人としては少しぬるい、蚊がいる。-1  石渠から来るにしろ玉樹から来るにしろ少し遠い。-1  おじさんとおばさんがいい感じ。+1  合計+3  
(17年7月)

 

石渠 ☆

 

雀児山の道、甘孜からデルゲに来た時の美しい風景を期待したが、なんか違う道を通ったらしい、マニカンコも通過しなかった。

雀児山を下ると、 車に着いた泥を掃除するため設置された無料のホースがある場所で休憩する、来た時もそうだった。

 

ここから石渠まではずっと写真のような風景。

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両側遠く山に挟まれた広い平地の真ん中を、あまり高低のない道が続いていく。ひろーい河原を走っている感じ。

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一緒になった坊主、顔は鋭いがやさしい、見た目より若い。
みんなにガムを配ったり、乗って来た小学生数人をにこにこして面倒見ている。

しかしチベット人は平気で人の体に寄りかかる、甘孜までの乗り合いで、中学生くらいの女の子が隣に座りやたらと体を寄せて来た。この坊主もそうだ、うんざりしていたがいつの間にか仲良くなっていた。

しかし中国語は話せない。お前のゴンパの名前をこの紙に書いてくれ、チベット語でいいから、と言っても書かない。チベット語も書けないのだろうか、でもスマホでメールを打っていたチベット語で。
デルゲ付近にある寺の坊主のようだが、よくわからなかった。

この坊主スマホを買ったばっかりなのかずーっといじっていた。写真を私に見せたり、フェイスブックみたいな中国のサイトで何人かいる友達のページを開けメールを打ったり、なんども同じことを繰り返していた。

いいやつだけど、あんまり賢そうな坊主には見えない。

 

いろんな所で坊さんを見ていてふと思う。
チベットの坊さんはへんに坊さんぽく振舞わない、年を経てもへんにきどっていない、おバカはおバカなりに坊さんをやっている。
なぜか自然体でえばっていないのだ、チベット文化の中心だというのに。日本の坊主と比べると不思議に見える、でもなんだかいいな。
もちろん見るからに敬虔な感じの年配の坊さんもたくさんいる。

坊さんはおんなじ服ばかり着ていて、汗くさいんじゃないかと警戒したが何も臭わなかった。

 

隣に座った坊主のおかげでいろいろ観察でき、坊主についていろいろ考えているうちに石渠に着いた、休憩込みで約7時間。

 

石渠は少し寂しい町だ。
人の絶対数が少ないうえ、だだっぴろく整理された道路に商店の数が足りない。
商店が寄り添って今の五分の一くらいにすると、いい感じの草原に立つ小さな町になるのに。こんな感じにしたのはいつ頃だろう。

余った空間にバカでかい変な建物を造っていた。

色須(セルシュ)賓館に泊まりたいというと、車は町を通り過ぎセルシュ寺に行こうとした、やっぱり石渠に泊まりたいので、町で停めってもらった。
しかし少し先のセルシュ寺付近で宿を探す方が正解かもしれない。

日差しが強く宿探しは疲れる。
ぐるっと回りやっと町のはしっこにできてた小さめの新しいホテルに泊まった。f:id:mu2ro:20170909014435j:plain

カウンターに気のいいおばさんが一人いて、チェックもせずに部屋に通す。

夕食に出かけもどると、今度は夫婦がにこにこ座っている。
一応パスポートを出すが、記入する台帳がないらしく三人でワイワイやって何かのノートに私の名を書いて終わり。

 

ついでだから明日行きたい所を聞いてみた。

呷衣に温泉はあるか?  あるよ。
簡単に答えがかえってきてこっちが驚いた、なぜかうれしそうににこにこして答えた。
宿は? 宿はない、露天的温泉だからね。
バスは? ない。 
タクシーは? 俺が車で連れてってやる、ついでに途中の〇〇も見物して500元でどうだ?
何言ってるのかわからないので紙に書いてもらった。
「巴格麻尼石经塙」なんだいった、わからないけど何か見るものがあるのだろ。


少し高いがOKした。

 

この旅できれいな道をたくさん見てきたので、デルゲ石渠間の道は少し退屈だ。石渠の町もつまらない。でマイナスではなく0点。しかし旅行に来る前に考えていた、荒涼とした大地にぽつんと町があるというなんとなくロマンチックなイメージは裏切っていないので。+1  合計+1  (17年7月)

 

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デルゲ(徳格)行き  ☆☆

 

甘孜初日、塔公からの乗り合いは新しくできた町外れのバスターミナルに着いた。
明後日行くデルゲ行きのバスを確かめようと中に入る、しかし時刻表はない。

窓口のお姉さんに聞く、
しかし四川なまりの中国語はよくわからない、いろいろたずねていると、だんだんお姉さんがおかしくなる、ついに爆発、どなりまくられた。

康定から来たデルゲに行く2時発のバスが裏の広場に停まっているからそっちに行って聞け、ということだったのだ。

翌日温泉から戻り、デルゲ行きを買おうと思ったが昨日もめたお姉さんみたいなので、朝早いバスはあると言う運転手に買ってもらうことにした。
しかしないのだ、昨日と同じことを言われたらしい、康定から来たバスが午後2時に出るそれだけ。
2時発ではデルゲで見学できない。1日増やすことになってしまう。

 

かなり離れた乗り合いのたまり場まで行ってみた。
デルゲと聞きつけ若い男がかけて来て、お前デルゲか明日8時にここに来い100元だと言う。よかった、これで行ける。
しかしなんであったはずの朝7時ごろ発のバスがないのだろう。

 

次の日、早く起きたので7時過ぎにはたむろする場所についていた。しかし運転手達にデルゲへ行く気の男はいない。
まあいい昨日の男が8時には来るだろう。

しかしいくらたってもその気配がない。
マニカンコに行けと言う運転手と、700元出せばデルゲに行くという運転手がいてうるさい。どうしようかマニカンコに泊まり、デルゲはあきらめるか迷っていると。

外人二人を囲み騒いでいる集団が、真ん中のスイス人のカップルがデルゲに行きたいと言っている、よかったこれで3人。
しかし運転手は7人そろわないと出発できないという。
7人なら100元、3人なら240元。

なかなか集まらない、そのうち運転手がどこかに消えた、そして違う車に乗って戻って来た、デルゲに行きたい男を4人乗せて。
近くの古いバスターミナルから違う車を連れて来たのだった。

これで合計7人、やっと出発8時20分。

デルゲに行きたい人はそんなにいないようだ。

 

道は美しい、昔は6168mの雀児山を越えてガタガタといったらしいが、最近トンネルができて簡単に行けるとネットに書いてあったが、トンネルはなかった。でも道は整備されていてそんなに大変ではない。

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ブルーポピーも咲いている。


この道を通る時は、絶対車の左側に座ること!
私は右側だったせいで美しい所がよく見えなかった、窓から山の中腹の氷河も見れる、とにかくきびしくてとても美しい。

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何に使うんだろうか、チベット人だから食べることはないとすると売るのだろうか小さいウサギが乗っている。しかし前方から入る寒い風のせいでみんなかたまってしまった。これを見たスイス人の女性が泣きそう。
男がおおいをかけて次の休憩所では生き返っていた。

 

10時頃マニカンコを通過して1時にデルゲに到着。
谷川に沿った山深いところだ、山が高くて周りが見えない。

麺を食べてから宿探し、すべて坂道だから疲れる。徳格印経院の近くまで行くと良さそうな宿があった。260元。

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正面が印経院、黄色い看板が宿、チベット風のおしゃれな部屋だった。

 

宿の男が部屋に案内して、くくりつけのベッドを指差しタタミタタミとふざけていた。なかなか来にくい所ではあっても日本人はいがいと来るのかもしれない。

山深い所でお経を刷っていると聞くと、どこか日本人の心をくすぐるところがある、そう感じる日本人とくにシニアは多いのではないだろうか。

 

徳格印経院を見物、薄暗い場所でいろいろ刷っている、思ったより小さな四角い所だった。電気はなく、むかしのままの自然光を取り入れて作業している。
しかし見物はけっこうすぐ終わる、印経院は寺ではないので本堂などはない。

近くに小さい寺がいくつかありそうだが、よく調べずに来たので行きようがない。

外にお経を売る場所があったがきちっとしたお経で坊さんたちが買っている。
お土産用の小さなお経とかそれらしいグッズがないかと思ったが、そんな所ではなかった。

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カムに来て初めてカンパらしい男にあった、この人以外どこにもいなかった。
カムの男は背が高く強そう、と思っていたがみんな普通だった。普通の服を着ているから漢民族とまちがえる。髪に赤い布を巻いた男たちにはどこに行けば会えるのだろう?

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コルラできるタルチョの坂道があった、でもやめた苦しそうだから。

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僧院の屋上から。民家はラルンガル・ゴンパと同じ形式の建物だ、あそこよりはきちっと建てられている。ここと色達はけっこう近いせいだろうか。

お経の版木はいろんな寺で見かける、特にここで量産され有名なのはなぜだろう。
なぜこんなところにお経を刷る所があるのだろう、こんな所と言っては失礼だが、どう考えたって交通の便は良くない。まして車のない遠い昔徒歩であの山を越えカムのお坊さんたちが求めに来たのだろうか。
でもここはチベット自治区がすぐそこだ、そっち側を対象にしているんだろうか。

 

などと考えながら町を散歩する。

 

偶然入った茶館の男が親切でいきなり日本人かと聞いてくる、そうだというと少し話しかけて来た。

明日はどこ行くのだというから石渠だと答えると、バスはないからすぐ横の乗り合いのたまり場から拾って行け。しかしあの男達は中国語の普通語(標準語)はしゃべれないし文字も読めない、俺が明日の分を聞いてやると言って親切に連れて行ってくれた。

明日の8時発で話が決まった、ずいぶん親切な男だ。やはり日本人は好かれているのだろうか。

チベット人の男は皮のジャケットなどワルド系のファッションが好きだ、鋭い目線で日に焼けた肌でその服だと少しひくが、実はとてもやさしい、そんな男がいっぱいいる。ただしタクシー運転手はしっかりボル。

 

翌日8時乗り合いは8人乗せて出発、1人多い。前の席は男が4人きゅうくつそうに座っている。

朝早い康定行きのバスは6時頃出るらしい。

 

 

日本人がふつうにデルゲという言い方でちゃんと通じてうれしい。
マニカンコも通じる。カンゼは通じない、中国語の gān zī もなんか微妙に違って通じにくい。

 

甘孜からデルゲの道はとても美しい。+1  徳格印経院は思ったほどよくなかった、少しあこがれすぎていたかも。+1  合計+2  (17年7月)