石渠 ☆

 

雀児山の道、甘孜からデルゲに来た時の美しい風景を期待したが、なんか違う道を通ったらしい、マニカンコも通過しなかった。

雀児山を下ると、 車に着いた泥を掃除するため設置された無料のホースがある場所で休憩する、来た時もそうだった。

 

ここから石渠まではずっと写真のような風景。

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両側遠く山に挟まれた広い平地の真ん中を、あまり高低のない道が続いていく。ひろーい河原を走っている感じ。

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一緒になった坊主、顔は鋭いがやさしい、見た目より若い。
みんなにガムを配ったり、乗って来た小学生数人をにこにこして面倒見ている。

しかしチベット人は平気で人の体に寄りかかる、甘孜までの乗り合いで、中学生くらいの女の子が隣に座りやたらと体を寄せて来た。この坊主もそうだ、うんざりしていたがいつの間にか仲良くなっていた。

しかし中国語は話せない。お前のゴンパの名前をこの紙に書いてくれ、チベット語でいいから、と言っても書かない。チベット語も書けないのだろうか、でもスマホでメールを打っていたチベット語で。
デルゲ付近にある寺の坊主のようだが、よくわからなかった。

この坊主スマホを買ったばっかりなのかずーっといじっていた。写真を私に見せたり、フェイスブックみたいな中国のサイトで何人かいる友達のページを開けメールを打ったり、なんども同じことを繰り返していた。

いいやつだけど、あんまり賢そうな坊主には見えない。

 

いろんな所で坊さんを見ていてふと思う。
チベットの坊さんはへんに坊さんぽく振舞わない、年を経てもへんにきどっていない、おバカはおバカなりに坊さんをやっている。
なぜか自然体でえばっていないのだ、チベット文化の中心だというのに。日本の坊主と比べると不思議に見える、でもなんだかいいな。
もちろん見るからに敬虔な感じの年配の坊さんもたくさんいる。

坊さんはおんなじ服ばかり着ていて、汗くさいんじゃないかと警戒したが何も臭わなかった。

 

隣に座った坊主のおかげでいろいろ観察でき、坊主についていろいろ考えているうちに石渠に着いた、休憩込みで約7時間。

 

石渠は少し寂しい町だ。
人の絶対数が少ないうえ、だだっぴろく整理された道路に商店の数が足りない。
商店が寄り添って今の五分の一くらいにすると、いい感じの草原に立つ小さな町になるのに。こんな感じにしたのはいつ頃だろう。

余った空間にバカでかい変な建物を造っていた。

色須(セルシュ)賓館に泊まりたいというと、車は町を通り過ぎセルシュ寺に行こうとした、やっぱり石渠に泊まりたいので、町で停めってもらった。
しかし少し先のセルシュ寺付近で宿を探す方が正解かもしれない。

日差しが強く宿探しは疲れる。
ぐるっと回りやっと町のはしっこにできてた小さめの新しいホテルに泊まった。f:id:mu2ro:20170909014435j:plain

カウンターに気のいいおばさんが一人いて、チェックもせずに部屋に通す。

夕食に出かけもどると、今度は夫婦がにこにこ座っている。
一応パスポートを出すが、記入する台帳がないらしく三人でワイワイやって何かのノートに私の名を書いて終わり。

 

ついでだから明日行きたい所を聞いてみた。

呷衣に温泉はあるか?  あるよ。
簡単に答えがかえってきてこっちが驚いた、なぜかうれしそうににこにこして答えた。
宿は? 宿はない、露天的温泉だからね。
バスは? ない。 
タクシーは? 俺が車で連れてってやる、ついでに途中の〇〇も見物して500元でどうだ?
何言ってるのかわからないので紙に書いてもらった。
「巴格麻尼石经塙」なんだいった、わからないけど何か見るものがあるのだろ。


少し高いがOKした。

 

この旅できれいな道をたくさん見てきたので、デルゲ石渠間の道は少し退屈だ。石渠の町もつまらない。でマイナスではなく0点。しかし旅行に来る前に考えていた、荒涼とした大地にぽつんと町があるというなんとなくロマンチックなイメージは裏切っていないので。+1  合計+1  (17年7月)

 

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