瞑想の丘・達日日帰りツアー  ☆☆☆☆

 
何か考えようと、玛沁ホテルの部屋でいろいろ考えて決まった。
ここも以前行ったことのある「達日」を訪ねることに。

翌日、ホテルのそばの乗合いのたまり場に行き達日と言うと、先に1人乗ってる車に乗せられる。しばらくして車は他の場所に移動し残り4人乗せ出発。

前に達日に行った時は寺などないと思っていたが、その後見たテレビでなかなかいい寺が写った。あそこを訪ねよう、町の入り口にあるようだ。

しかしたどり着いて町の入り口付近の高台を望んでみたが、何だかさえない寺だった。やめとこ。じつはバスターミナル付近からは半分くらいしか見えず、違う場所から見ればきれいな寺だった。失敗。

一緒に車に乗って来たおじさんに聞くとこの道をまっすぐ行けばもう一つ寺があると言われ、そこを目指すことにした。

町に一本広い通りが引かれていて、両サイドに仏具屋など結構おもしろい店が並んでいる。なかなかきれいで楽しい一本道だ。茶館もある二階にあがってのぞいてみた、けっこういい。


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 丘の上から見た達日の町。バスターミナルからの一本道が丘まで続いている。

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 茶館の室内。

それはそうとどうしたの皆さん、はりきって掃除なんかして。
たぶんきれいな舗装道路が整備され、みんなでがんばってきれいなまんま維持しよう、みたいとこか。今日はそんな掃除の日なのか。店の前のガードレールまで男の子が掃除させられていた。

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そんなスッキリした道をまっすぐ行くと丘に突き当たる、おじさんが言ったのはここか。ここは前来た時登った。でもいいきれいだから。

前と違うのは長い階段が道に続いてできていたことだ。
写真を撮ろうとするとこの車突然やってきて動かない、じゃまなんだよ。

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はあはあ言いながら100段以上登るとケサルの像がある、きれいに囲まれていて遊歩道も整備されている。もう少し歩いて草原におり、携帯ランチを食べ、コーヒーを飲んだ。

よく見ると、遠くに男が坐禅を組み瞑想している。振り向くと4、5人同じように足を組み瞑想している。え、ここそうゆう場所になったわけ、前はただケサルの像の丘だったのに。

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 大き目の葉はイエローポピー、花期はもう終わっている。咲いているときれいだろう。
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しばらくすると瞑想していた男がやってきた、お前も瞑想かみたいなことを言う。いいや旅行中。ふーん、少しがっかりして微笑む。他の町からわざわざ来たらしい。

大事そうにふところに入れていた活仏の写真を取り出して見せる。活仏の顔をよく見たくて手を伸ばすと拒否された。お前みたいな男に触らせるわけにはいかんのだ、って感じ。

またしばらくすると、アメリカ人を連れてガイドの男がやってきた。仏教関係の方ですか日本からはるばる、みたいなことを言う。いいえただの旅行です。どうやら瞑想する丘として有名になったのかもしれない。

私もやってみよう、せっかく偶然来たのだから。

美しい黄河が流れる草原に向かって坐禅を組み、手を重ねて置く。するとあるものが見えた。

金色に輝く屋根をもつゴンパ! 目の前はるか先に、写真でははっきりしないが肉眼でははっきりと。じつはどこにでもある普通の寺だろう、しかし……、

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遠く流れてきた黄河がここに来て広い大地に流れ込みいく筋にもわかれてゆったりとそしておだやかに流れて来る。その川岸の草原に多くの遊牧民がテントを張り、放たれたヤクが草を食んでいる。その後ろに遠近法のように山が並んでいる。精神的に集中できる感じがする、そして美しくいやされる。
あの寺は彼岸にある浄土だぜったい、そう錯覚させるような美しいシチュエーションだ。


いつ頃からこうなったのだろう、前来た時はなかったように思うけど。古い写真を見てみるとたしかに遠く同じ位置に何かある、でも拡大してもはっきりしない、たぶん寺が改装して遠くからでも見えるようになったのだろう。

その頃は坐禅を組む人もいなかった。寺が改装され口コミで広がったのだろうか。

見ているとみんなそんなに長く坐禅を組んでいなかった。ひまがあると来て坐禅を組むのだろうか。こんな草原で好きな時に来て坐禅が組める、というのはなんだかすごい。

ここ絶対新装開店の穴場だな!

丘を降りしばらく寺の方角に向かって歩いてみる。テントがいっぱいある、またコーヒーが飲みたくなった。ひとつのテントに行ってお湯くださいというと、おばさんが寝ころんでにこにこしている。

好きにしろという意味だろうと解釈して、なかに入ってポットからお湯を注いでいると、娘とおやじがどこからともなくやってきてわいわい世話をやいてくれる。ありがとう。

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 黄河のほうから見た丘。

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草原に座りヤクの隣でコーヒーを飲んだ。そしてゆっくり歩いて町に戻り、乗合いをひろって玛沁までもどった。



うそじゃない、丘に座ってまっすぐ見ると寺がある。その絶妙な距離感がほんとにすごい、家の近くにこんな所があれば毎日来てしまいそう、坐禅ではなくピクニックしに。+2  通りをきれいにしている達日の人たちに。+1  少し人工的だけどスッキリきれいな町だ。+1 合計+4  (18年7月)

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尕丁寺、尕尔寺、达那寺(宗国寺)の三つの寺とそのまわりの風景、毛庄郷の人達、草原の遊牧民のテント、ずっといいこと続き。そしていやというほど見た緑の草原。今回の旅行は良すぎた。

このブログの始めのところで、つぁんごんぱさんからコメットをもらった。もう穴場なんてないですよ、長田幸康さんの本「チベット」で十分網羅されています、というのだった。
じつは私もそう思っていた、しかし少し大げさなタイトルをつければ少しはアクセスが増えるだろうというこざかしい考えでつけた。
しかしこの囊谦县周辺はまだ行ったという人の話は聞かない、日本人で行った人はほとんどいない、もしかすると日本人で最初かもと、かってに想像してみる、ぜったい穴場だと。うーんやっと見つけたか!

私が願うのは

私としてはこの三つの寺とそこまでの道の風景、毛庄郷の周りの草原など、ドローンを飛ばした動画の風景が見てみたい。自分では無理だ。そこで黄河にそって星宿海を訪ねた美しい番組を作った NHK にぜひお願いしたい。敬虔な仏教徒の住む村と山深い寺で一本作れると思うけど。



旅を終え家に戻るとなんだかつきがおちたという感じになってしまった。もういいかチベット文化圏の旅行は。寺と草原はもういい、もし行くとすれば見たいのは、今回よく見れなかった氷河。
ミニヤコンカを筆頭ににアムドやカムには氷河がいくつもある。大変な登山をしなくとも、車に乗ってたやすく氷河を見物できるのもアムドやカムならではのように思う。来年行く気になるだろうか……。