嘉那嘛呢と結古寺(玉樹) ☆☆
9時ごろ宿を出て玉樹といえば有名な嘉那嘛呢へ行く。
1か3路のバスに乗れば簡単に行ける。終点近くのバス停で乗ってる年寄りがみんな降りるので間違えようがない。
バスは20分間隔くらいで来る、そのどのバスにもお参りする年寄りが乗っている、おそれいる。
ここがスタート地点。
すごい数の石が積まれている、写真で見たまんま。字がほとんど赤で描かれているのであざやかだ。
いくつか途切れた所から中に入れる、中に入るともっとすごい、石だらけだ。
大きな石を置きに来た夫婦がいたが、奥さんは重すぎてなかなか歩けない、なんどもおろしながら目的の所まで。
見ていて何もそこまでと思うが、そんな思いがこのすごいものを造っているんだろうか、今に中も石で埋まることだろう。
持って来る石は自分で彫ってきたわけではないのだ。近所で買う。
ここ嘉那嘛呢も石渠で見た巴格麻尼石经塙も、高い壁を作ることが目的ではなく、オムマニペメフムなどの祈りを彫った石、マニ石をほったらかしにせず、みんなの思いを一箇所に集めたらこうなったということなのだろうか。
そんな強い思いが集まるのかコルラする人は老若男女いっぱいいる、 一日中。
年寄りは毎日来てんのだろうか。
よく考えるとここはただ回る、コルラするだけ、の所にこんなにも大勢来るのだから不思議だ。
まあどこのお寺も毎朝年寄りがコルラするだけのためにやってくるのだからそれと同じか、でもどこかでなんかの仏像に手を合わせたい気がする、なんか観光客としては物足りない。
周りにその人たちを当て込んでいろんな店が並んでいる。
石屋はもちろん、食堂、日常品を売る店、洋服を売る店、なんでもありだ。
骨董屋もあった、のぞくとけっこう欲しくなるようなツボなんかを売っている。風船を撃ち落とすゲーム屋まである、なんなんだ。
安そうな旅館もいっぱいあった。
バスを降りてコルラの始まる所のかどにゲストハウスがあった。
嘉那嘛呢という字は何か意味ありげな漢字が並んでいるが、特に意味はない。チベット語の音に合わせてそれらしくしたのだ。だからジャマナニと書いたほうがいいかも。漢字なら嘉那嘛呢石堆(石を積み重ねたもの)と書いたほうがいい、と言いつつ自分は…。
ついでに石渠の巴格麻尼石经塙は、巴格にあるマニ石でできた細い道のような固いもの、って感じだろうか…。
町の中心に戻って茶館で休憩して、今度は結古寺を目指す。
ここは絶対歩いて上ろうなどと考えてはいけない、すごくつらい。
適当に裏道を歩いていたら、寺への方向指示板があったのでそれに沿って歩いて行くとかなり遠回りになっている道で疲れた。
参道のようにできてる結古寺路の坂道を上れば少しは楽だ。
疲れてもたどり着ければいいのだが、この寺はたどり着いてからお堂を見物するにはまた階段をいく段も登らなけれならないのだ。
タクシーでくるほうがいい。
お堂は見たところ両サイドに二つある、街に近い方に上ってみる、しかしお堂は閉まっていた、そのうえ期待していた一望できる玉樹の街もたいしてよくなかった。街の全体がよく見えないのだ。なぜか風も吹く。
反対側のお堂も階段の上、もうやだ、見学はやめた。
結古寺は中にも入れずわからない。0点。嘉那嘛呢はおもしろい、人々のパワーを感じる。+2 合計+2 (17年7月)
寺の入り口に年配の坊さんが手持ちぶたさに立っていて、通る人と話したりしている。
ネット上で見つけた玉樹にあるという美しい寺と露天風呂の写真を持って来た、誰かに聞いてみて行けそうなら出かけようと。
ちょうどいいこの坊さんに聞いてみよう。
なんとあっさり二つとも答えてくれた。
しかし当然何言っているかわからない。チベット語でもいいから裏に書いてほしいとボールペンを渡すが書かない。うーんどうしよう。
そこへ若者が3人、坊さんに何か聞いて立ち去る、呼び止めて坊さんの言葉を書いてほしいと頼むと、気楽に応じてくれた。
わかった二つの場所が!
この寺の写真はとても美しくどうしても行きたかったので、思わず4人に向け手を合わせてお礼をする。さっきチベット人がやっていて見かけた仕草だ。
手を合わせて軽く会釈する、これ使える!
4人ともとっても嬉しそうにしていた。
チベット人も中国人と同じで、ありがとう、チュジェチェとはほとんど言わない。とてもありがたい時、言いにくいチュジェチェなどではなく手を合わせるといいかも。
これで来年の旅の予定がたった、まずまた玉樹に来て、寺と馬と温泉を探そう、その先はこれから考える。
また来年。